最先端の痛み対策
患者さんの痛みを可能な限り小さくしたい
人工膝関節手術の麻酔がさめた後の痛み
手術を行っているときは、全身麻酔もしくは腰椎麻酔によって痛みは全くありませんのでご安心ください。
ただし、どんな手術でも手術が終わって麻酔がさめると痛みが出てきます。人工膝関節手術はすべての手術の中で麻酔がさめた後の痛みが最も強い、と言われてきました。
しかし、当院ではこの麻酔がさめた後の痛みを最小とすることを目的にさまざまな対応を行い、特に手術後麻酔がさめた時からその翌朝にかけての最も痛みが強い時間帯の痛みを従来よりも大幅に改善しています。(参考文献 1、2、3)
3.手術中の血止めバンド(空気止血帯・ターニケット)を使用しない手術
1.多角的鎮痛法
これまで、人工膝関節手術の痛み対策には、太ももの付け根やお尻の近くの神経に麻酔薬を注射する方法(末梢神経ブロック)や背中から神経の近くにチューブを挿入する方法(硬膜外麻酔)、オピオイドの点滴などから、いずれか一つの方法のみを用いることが一般的でした。
しかし、このような単独の方法では、人工膝関節手術後の痛みを十分に抑えることが難しい場合があります。そこで現在では、複数の異なる鎮痛法を組み合わせて、より高い除痛効果を得る多角的鎮痛法が一般的になりつつあります(参考文献4)。その中でも中心的な役割を担うのが、(2)で述べる関節周囲多剤注射です。
2.関節周囲多剤注射
手術中に行う痛み対策(関節周囲多剤注射)により、麻酔がさめた後の痛みを大幅に低減することができます。手術中に行うため、全身麻酔が効いているうちに(患者さんは何もわからないうちに)終わってしまいます。
関節周囲多剤注射(カクテル注射療法などと言われることもあります)は比較的新しい手術後の痛み対策です。
(1)で述べたように硬膜外麻酔やブロック注射などが、これまでは痛み対策としてよく行われてきました。関節周囲多剤注射は、これと同等かそれ以上の効果があり、合併症が少ないと考えられています。何よりも感覚神経のみを抑制して(痛みだけをとって)運動神経にまでは抑制しない(筋力低下がない)方法であり、手術後のリハビリが円滑になります。
この関節周囲多剤注射は非常によい方法です。我々もこの方法を採用してからは、手術直後の痛みが従来よりも少なくなったと自信を持って言うことができます。
3.手術中の血止めバンド(空気止血帯・ターニケット)を使用しない手術
人工関節手術では、手術する足の太ももに血圧測定で使用するようなバンド(空気止血帯・ターニケット)を巻いて、300mmHgほどの圧をかけて手術を行うことが一般的でした。参考までに、人間の血圧は正常で120mmHgほどです。今度血圧を測定する機会があれば、この300mmHgという圧がいかに高い圧であるかわかるでしょう(巻いている腕がすごく痛くなります)。
これだけ高い圧をかけるとバンドより先に行く血液の量が少なくなるので、手術が簡単に行えます。ただし、バンドの圧力で無理矢理血が出ないようにしているため、手術中には小さな血管を切ってもそれに気づくことができず、結果として手術が終わってバンドをはずした後にひざ関節の中が血液で充満するまで出血してしまいます(術後の出血が多くなり、ひざの腫れも強くなります)。また、この高い圧のバンドを1時間ほど巻きっぱなしにするため、手術後には手術したひざ以外の部分(ふとももから足先まで)に痛みを感じます。
当院では、①手術中に十分な止血を行い、手術後の出血を少なくすること ②手術後の痛みを小さくすること、の2つを主目的として、この血止めバンド(空気止血帯)を使用せずに手術を行っています。空気止血帯を用いずに行った人工膝関節手術の手術中の出血量は平均値でおよそ120mlでした(文献5)。献血を行うときの採血量が400mlですので、血止めバンドをしなくても決して出血量は多くないことがわかると思います。手術中に止血を行うことにより、血止めバンドを使用するときよりは確実に手術後の出血は少なくなるため、手術中と手術後の総計の出血量は血止めバンドを手術中に使用しない方が少なくなると考えています。
また、血止めバンドを長時間使用することによってひざの流れが悪くなり、手術の後のきずの治りが悪いとする研究もあります。血止めバンドを使用しないことは、きずの治りにも有効な可能性があるのです。
参考文献
1) Tsukada S, et al. Pain control after simultaneous bilateral total knee arthroplasty: a randomized controlled trial comparing periarticular injection and epidural analgesia. JBJS Am. 2015
2) Tsukada S, et al. Postoperative epidural analgesia compared with intraoperative periarticular injection for pain control following total knee arthroplasty under spinal anesthesia: a randomized controlled trial. JBJS Am. 2014
3) Tsukada S, et al. The impact of including corticosteroid in a periarticular injection for pain control after total knee arthroplasty: a double-blind randomised controlled trial. Bone Joint J. 2016
4) Murata-Ooiwa M, Tsukada S, et al. Intravenous acetaminophen in multimodal pain management for patients undergoing total knee arthroplasty: A randomized, double-blind, placebo-controlled trial. J Arthroplasty. 2017
5) Tsukada S, et al. Intraoperative intravenous and intra-articular plus postoperative intravenous tranexamic acid in total knee arthroplasty: A placebo-controlled randomized controlled trial. JBJS Am 2020
