最先端の痛み対策

患者さんの痛みを可能な限り小さくしたい

人工膝関節手術の麻酔がさめた後の痛み

手術を行っているときは、全身麻酔もしくは腰椎麻酔によって痛みは全くありませんのでご安心ください。
ただし、どんな手術でも手術が終わって麻酔がさめると痛みが出てきます。人工膝関節手術はすべての手術の中で麻酔がさめた後の痛みが最も強い、と言われてきました。
しかし、当院ではこの麻酔がさめた後の痛みを最小とすることを目的にさまざまな対応を行い、特に手術後麻酔がさめた時からその翌朝にかけての最も痛みが強い時間帯の痛みを従来よりも大幅に改善しています(参考文献 1、2)

1.筋肉を切らない手術

2.最新の痛み対策方法(関節周囲多剤注射)

3.手術中の血止めバンド(空気止血帯)を使用しない手術

1.筋肉を切らない手術

2000年代に日本の人工膝関節を行う医師の間で最小侵襲手術(MIS)という言葉が大流行しました。
当初は皮膚を切開する長さを最小にすることに重きがおかれ、小さな皮膚切開で手術を行うことを最小侵襲手術と言っていました。確かに見た目の上では皮膚の切開が小さい方がよいのですが、手術は外から見えない部位(皮膚よりももっと深い部位、特に筋肉)がもっと重要です。2000年代に流行った皮膚切開のみを小さくする手術では、ひざの手術後の成績にほとんど影響を及ぼさないことが判明しています。つまり、皮膚切開を小さくしただけでは、痛みは小さくならず、機能の回復も早くなりません

当院では手術後の回復や痛みにより重要である筋肉を全く切開しない方法(Subvastusアプローチ)にて手術を行っています。皮膚よりも筋肉のダメージを少なくすることこそが患者さんの負担の小さい手術であると考えています。
骨の変形が強い患者さんで、以前は筋肉を切らない方法では手術が難しいと言われていた患者さんにも、この方法によって手術を行っています。中等度の変形の患者さんと比較しても遜色ない手術後の結果をおさめています(参考文献3)

2.最新の痛み対策方法(関節周囲多剤注射)

手術中に行う痛み対策(関節周囲多剤注射)により、麻酔がさめた後の痛みを大幅に低減することができます。手術中に行うため、全身麻酔が効いているうちに(患者さんは何もわからないうちに)終わってしまいます。

関節周囲多剤注射(カクテル注射療法などと言われることもあります)は新しい手術後の痛み対策です。
背中から神経の近くにチューブを挿入する方法(硬膜外麻酔)や太ももの付け根やお尻の近くの神経に麻酔薬を注射する方法(ブロック注射)などが、これまではよく行われてきました。関節周囲多剤注射は、これと同等かそれ以上の効果があり、合併症が少ないと考えられています。何よりも感覚神経のみを抑制して(痛みだけをとって)運動神経にまでは抑制しない(筋力低下がない)方法であり、手術後のリハビリが円滑になります。
この関節周囲多剤注射は非常によい方法です。我々もこの方法を採用してからは、手術直後の痛みが従来よりも小さくなったと自信を持って言うことができます。

3.手術中の血止めバンド(空気止血帯)を使用しない手術

人工関節手術では、手術する足の太ももに血圧測定で使用するようなバンド(血止めバンド、空気止血帯)を巻いて、300mmHgほどの圧をかけて手術を行うことが一般的でした。参考までに、人間の血圧は正常で120mmHgほどです。今度血圧を測定する機会があれば、この300mmHgという圧がいかに高い圧であるかわかるでしょう(巻いている腕がすごく痛くなります)。

これだけ高い圧をかけるとバンドより先に行く血液の量が少なくなるので、手術が簡単に行えます。ただし、バンドの圧力で無理矢理血が出ないようにしているため、手術中には小さな血管を切ってもそれに気づくことができず、結果として手術が終わってバンドをはずした後にひざ関節の中が血液で充満するまで出血してしまいます(術後の出血が多くなり、ひざの腫れも強くなります)。また、この高い圧のバンドを1時間半ほど巻きっぱなしにするため、手術後には手術したひざ以外の部分(ふとももから足先まで)に痛みを感じます。

当院では、①手術中に十分な止血を行い、手術後の出血を少なくすること ②手術後の痛みを小さくすること、の2つを主目的として、この血止めバンド(空気止血帯)を使用せずに手術を行っています。この方法で300関節以上の手術を行っていますが、現在は手術中の出血量は平均で200ml未満です。献血を行うときの採血量が400mlですので、血止めバンドをしなくても決して出血量は多くないことがわかると思います。手術中に止血を行うことにより、血止めバンドを使用するときよりは確実に手術後の出血は少なくなるため、手術中と手術後の総計の出血量は血止めバンドを手術中に使用しない方が少なくなると考えています。

また、血止めバンドを長時間使用することによってひざの流れが悪くなり、手術の後のきずの治りが悪いとする研究もあります。血止めバンドを使用しないことは、きずの治りにも有効な可能性があるのです。

参考文献
1)Tsukada S, et al. Pain control after simultaneous bilateral total knee arthroplasty: a randomized controlled trial comparing periarticular injection and epidural analgesia. JBJS Am. 2015
2)Tsukada S, et al. Postoperative epidural analgesia compared with intraoperative periarticular injection for pain control following total knee arthroplasty under spinal anesthesia: a randomized controlled trial. JBJS Am. 2014
3)Tsukada S, et al. Metal block augmentation for bone defects of the medial tibia during primary total knee arthroplasty. J Orthop Surg Res. 2013